ベットする?それともわ・た・し?

渡された剣はずっしりとしていて、思わず顔をしかめた。激しく打ち合うことを想定しているらしく、刃は厚くて身には鉄がつまっていた。

「私と一戦交えてもらおう」

 

メイスの瞳に揺らぎはない。私に嫌がらせをする目的では無いのは明白だった。

 

「本当に戦うのか……?」

 

レイスが心配そうな様子で問いかける。真顔の彼は中々に整った顔をしている。黙っていればもっとモテるのに。

 

「いえ、やります。ここでちょっとはできるところ見せないと、ね」

よろよろと剣を構えてみるが、剣先は天を向かず蛇のようにくねくねと曲がってしまう。普段は子供たちの遊び場であろうこの広場でも、武器を持ち込めばたちまち戦場となった。

 

当然だけれど、私は剣を扱ったことなんて無い。チアリーディング部の活動の延長で、軽くバトンを振り回したことがあるくらいだった。

 

でもきっと、ここでメイスからの挑戦を受けなければ、私はパーティーに加わることはできない。それだけは、なんとしてでも避けたかった。

 

「おいおいどっちに賭けるよ」

 

私たちの剣を抜いて対峙する様子に、気がつけば人だかりができていた。彼らは各々の手に木製のジョッキを掲げながら、私たちの様子をうかがっている。魔王の侵攻を受けているというのに、のんきなものだった。

 

「村娘と戦乙女候補生だろ。そもそも賭けが成立しねぇよ」

 

「じゃあ変な格好のお嬢ちゃんは倍率10倍だ!」

 

「ちょっと! 変な格好ってどういうことよ!」

 

思わず言い返してしまったが、確かにこの世界ではオーバーテクノロジーな産物だ。浮いていることに気づいて頬が熱くなった。

 

「ふーむ……よしわかった。フリーディア、僕は君に銅貨一枚賭けよう」

 

「レイスは何故賭けに参加しているんです? しかも銅貨一枚はせこすぎませんっ!?」

 

レイスの奇行に困惑しつつも、リーネは術を構える準備をしているようだった。

 

「全く。男ってやつは酒と喧嘩には目がないんだから……それじゃ、準備はいいかな?」

こくり。メイスが剣を構えたと同時に、私は冷や汗が流れる感覚に身を強張らせながら、今私と向かい合っている存在に神経を集中させる。

彼女はメイス=トリスタン。戦乙女フレイヤを隊長に女性のみで構成された戦乙女部隊の訓練生。彼女の属する「フレイヤ軍」は王国最強と称され、例え訓練生であったも並みの剣士では刃が立たないという。

 

彼女の構えは素人目で見ても隙が無く、どこから切り込んでも軽くいなされてしまいそうな気配があった。

 

「回復魔法は任せてね。大怪我しても大丈夫だから!」

 

リーネはいつも通りのアルカイックスマイルで、親指を立てる。大丈夫じゃない。剣で切られたら、痛いどころではない。人が斬り合うというのに、ギャラリー達はどこまでも気楽なものだった。

 

なんとかこの場を切り抜けなきゃ、という焦りが走った。私の動揺をよそにメイスは何をするでもなく、ただじりじりと私との距離を詰めていく。

 

これは一瞬で蹴りが付くであろう。誰もがこの試合に諦めを抱いていた。例えこの村一番の大男だったとしても、メイスに腕っぷしでは叶わないのだから。

 

もういっそどうやって綺麗に土下座できるだろうか、そこまで考えていたところでふとポケットの内側が熱くなっているのがわかった。

 

(……熱っ! これは一体……?)

 

剣を片手で構えたままそっと指先で元凶に触れると、私の思考は白く塗りつぶされる。この感覚には身に覚えがあり、どこか心地良ささえ伴うものだった。

 

そうだ、これは確か……。自宅でドラゴンを倒したときの光景が蘇る。そこには私の前に現れた騎士の姿があった。

 

幻影に身をゆだねると怯えも、緊張も、羞恥も私の頭からは消えていく。私の興味は、一つの方向だけに向いていた。あの懐かしい感じのする騎士は、どのように戦っていただろうか。

 

眼前の彼の動きをトレースするように、私は剣を構えなおす。両手で力を込める必要はない、身体を斜に構えて、手の甲を相手に向けるようにして……。

「おい、まさかその構えは……っ!」

 

大声を上げたのは、レイスだった。普段はどこかふざけたニュアンスを残す彼だが、その声は緊張で固くなっている。

 

「王国剣術……?しかもその型が使える人物はたった一人のはずだ」

 

目の前のメイスも動揺しているのがわかる。その証拠に、彼女の切っ先はやや私の外側に向いてしまっていた。

 

「あぁ……だが、これは滾ってきた。まさか生きているうちに拝めるとは思わなかったよ。さぁ、勝負だフリーディア!」

 

「うん、本気で行くよ。メイスさん……!」

この高まる感覚は、初めてじゃない。ドラゴンが私の前に現れた時も、心はどこかでワクワクしているようだった。

 

間違いない。私はこの状況を楽しんでいる……!

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

メイスは大きく跳躍し、私に向かって飛びかかってきた。さっきまでと違い、動きに余裕は感じられない。けれど剣は未だ抜かず、冷静に、確実に、相手に射程を悟らせないままギリギリで剣を抜く判断をしていた。

 

(がちゃがちゃと動く必要はない。そう、最小限の動きで相手の行動を制御できれば———)

 

もしも剣で打ち合ってしまえば、腕力では私が負けてしまうだろう。だから、私は。

 

「なっ! 私の攻撃が弾かれたっ!?」

 

メイスの振り放った一刃は私の頭上をかすめ、重心を乗せる場所を失った彼女はそのまま私の右横へドッジロールをする。

 

メイスが剣を振りぬく直前、私は剣の鞘ごと剣の平たい面でほんのわずかだけ上へ打ち上げたのだった。もし失敗していたら、逆に頭部に斬撃が入っていたかもしれない。

リーネがどこまで治療できるのかはわからなかったから、今思えばかなりリスクの高いことをしたと思う。

 

きんっ、と鈍い音がしてメイスの剣が宙を舞った。

 

いくら腕力があっても、よろけた状態で剣戟を打ち合うのは困難なはず。そこで私は全体重をかけて彼女の剣を弾いたのだ。決して体重が重い訳ではない、と心で何度も念押ししておく。

 

「ま、参った。私の負けだ!」

 

騎士にとって剣は誇りであり、それは戦乙女でも同じこと。自分の分身を投げだしたものは、負けを認めなければならない。

 

しばらくの間誰もが沈黙をしていたが、レイスがぱちぱちと手をたたき始めるとその音は増え、やがて大きな歓声となった。

 

「すげぇや嬢ちゃん、マジで勝ちやがった!」

 

「え、これどうなるの、え? うわぁ、レイスの一人勝ちじゃねぇかっ!」

 

私へのエールは止むことがなく、一部の人は悔しそうに私にコインを投げ付けた。何かファンサービス的なものが必要なのか考えたが、それよりも先に足腰が限界を迎えて座り込んでしまう。

今まで抑えられていた緊張や不安が、ここに来て爆発したのだった。

 

「おめでとう、フリーディア。今日から君はパーティーの一員だ。文句はないよね、メイス」

 

「あぁ……悔しいが完敗だ」

 

ぐっとレイスのたくましい腕に引き上げられ、そっとリーネが私に肩を貸す。

 

「ごめんなさいフリーディア、私治癒魔法は使えるけど髪の毛を元に戻す方法はなくて……」

 

「え、突然何を言い出し……」

 

前髪を整えようとして、気づく。先ほどのメイスの一撃は頭上をかすめ、その際に私の前髪をバッサリ持っていったのだった。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

自分でもびっくりするくらい、この世の終わりみたいな悲鳴が出た。

 

髪型はこだわりがあったのに。こだわりがあったのに! 前髪パッツンなんて、幼稚園の頃以来だ。致命的に似合わなかったので、絶対にやらないようにしていた。

こうして私は無事、彼らと旅をすることになった。髪が伸びるまでの数週間、乙女の事情でかつらを借りていたのは、誰にも言えない秘密だ。

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